Designers Interview
『STUDIO VOICE』や『BRUTUS』などのエッジの効いたデザインに衝撃を受けて・・・
取材者:それではよろしくお願いします。
さっそくですが、内海さんは元々どういう経緯でデザイナーになられたのですか?
内海:ありがちですが、子どもの頃から絵を描くのが好きで、初めは漫画家になりたいと思っていました。
中学生くらいまでファッション誌しか読んだことがなかったのですが、高校生くらいからカルチャー誌を読み始め、『STUDIO VOICE』や『BRUTUS』などのエッジの効いたデザインに衝撃を受け、それからは、本屋でオシャレな誌面の雑誌を探しては、内容を読むためというより、誌面を眺めるために毎月購入していました。
なので、結構珍しいと言われるのですが、始めから広告業界に進むことは全く考えておらず、雑誌のデザインをするデザイナーになりたい、と思って進路を決めました。
取材者:『STUDIO VOICE』や『BRUTUS』は、私も世代でした!
持っているだけでかっこいい、おしゃれ、みたいな(笑)
そうすると、めざしたのは出版社とか?
内海:就職活動をする時、どういう所に就職すれば雑誌のデザインができるのか分かっていなかったんです。今みたいにwebで調べれば何でも分かる時代じゃなかったということもありますが、調べかたが分からないという具合で、本当に無知でした。
雑誌のデザインが好きだと言っているのに、奥付を確認する知識すらなかったので、デザイン会社に応募をするという発想がなく、好きな雑誌を出している出版社にエントリーシートを出しました。
でも、「デザインがやりたいです!」と熱心に書かれても…お門違いですよね。
当然通りませんでした。
なので、大学に来る求人の中で「広告」でなく「雑誌・書籍」のキーワードが載っている会社にいくつか応募しまして、その中の1つにありがたく拾っていただきました。
そこで、パンフレットや冊子、雑誌、書籍など、色々なエディトリアルデザインの制作に携わることができました。その頃の経験や人とのつながりが現在に活かされていると思います。
デザインは誰かの心に何かを灯すことのできる仕事
取材者:めっちゃきつかった仕事と、その解決をどうやってなさったのか教えてください。
内海:とにかく量が膨大で納期が短い仕事をしたときです。
3週間のうち数回しか自宅のベッドで寝られませんでした。
朝帰って、シャワーを浴びて事務所に戻る、どうしても眠くなったらデスクにうつぶせて仮眠を取る、それを繰り返し、精神的にも肉体的にも本当にキツかったです。
解決…はしていませんね。ただ、やりきりました。それだけです。
取材者:修行みたいですね。じゃあ、中には不本意ながら“えいや”で片づけてしまった案件もあったのでしょうか。
内海:“えいや”で片付ける、というのは難しいんですよね。デザイナーって多くの人がそうだと思いますが、手の抜きどころが分からないというか、どうしても「あ、ここ変だな、なんか気持ち悪い。気に入らない」ってなってきてしまって。
なので、時短の方法としては「新しいことをやらない」「後から吟味しない」ということです。自分の表現のストックの中で、言い方は悪いですが無難な手法を使い、完成したものについては時間をおいてから見返して調整するということはやめます。
なので、“えいや”と言えば“えいや”なのですが、クオリティが極端に落ちるということはないと思います。傍目にクオリティが下がってしまうと仕事としては成立しませんし。
取材者:デザイン制作によって成功した実績、もししゃべっていいのがあれば教えてください。
内海:成功したと感じたことはありません。
作っている時、「すごくよくできてる」と思っていたのに、見本誌を見たらイメージよりも良くなかったということも多々あります。
反対に「もっとブラッシュアップできたのに」と思いながらタイムアウトしてしまったものが、本になったら意外と悪くないと思ったり。そういうことの繰り返しです。
ですが、納品後にクライアントから「すごく良かった」「お願いして良かった」と言っていただけると、救われた気持ちになります。
取材者:デザイナー冥利につきる!ですね。はじめてクライアントによろこばれたお仕事って、覚えていますか?
内海:ポートフォリオにも掲載していますが、住友信託銀行さん(加筆:現在は合併し三井住友信託銀行)の新卒の女性を対象とした入社案内を作成した時のことはよく覚えています。
「しなやかで、強くて、やさしい」女性のイメージとのオーダーをいただき、お話をくださった代理店のディレクターさんとビジュアルのアイデアを沢山出し合いました。表紙の花のイラストも何パターンも描きましたし、タイトル文字のウェイトも細かく調整しました。事務所の壁一面に貼ってどれがいいかを吟味したり。その時は運良く時間もあったので、楽しみながら試行錯誤しました。中のインタビュー記事の差し替えなどで、3年くらい続けて改訂をしたのですが、その度に用紙も変えてみるなど、細部まで気を遣うことをさせてもらえた仕事だったと思います。
クライアントに喜んでいただけた時は、もちろんこちらも嬉しかったです。
デザインって「伝えるお手伝い」をすることで、誰かの心に何かを灯すことのできる仕事なんだなと思いました。
ロジックは重要ですが、単純に「好き」「嫌い」の感情があってもいいと思っています。
取材者:デザインをやっていて、「役得だなあ」と思った経験はありますか?
私はライターなのですが、ミーハーなので、時々インタビューなどで芸能人に会えることが役得だなあといつも思っています(笑)
内海:会社にいた頃、撮影のディレクションでハワイに行きました。仕事ですけど、最高だなあ〜と(笑)
独立してからで言えば、チケット関連の冊子のお仕事をした時などに、新作映画の舞台挨拶のある試写会や、バレエなどの舞台にご招待いただく機会があることですね。
取材者:クライアントがノーアイデアで、ゼロからパンフレットを作らなければならないってあると思うんですが、
どういうアプローチで進めていますか?
内海:まずはwebサイトを見ます。webサイトを企業理念から商品情報まで見て、何をやっている会社なのか確認したあと、
世間的にどういうイメージを持たれているのかをネット上で検索してみます。
実際何をやっている会社なのか、世間のイメージはどうなのか、を確認した後、
何を伝えたいのか、そのためにどのように見せたいのか、など、順番に掘り下げていく感じです。
実際にお会いしてお話を聞けることばかりではありませんから、インターネットはフル活用します。
また、内容についてもデザインについても当てはまると思うのですが、
私は基本的にノーアイデアの方に対しては、消去法や二択をとります。
取材者:消去法や二択、というのは、具体的にどういうことをするのですか?
内海:何個かプランを提示して「どれが好きですか?」と聞きます。
「今回のパンフレットにどうか、ということでなくて構いませんので、好きなデザインを選んでください」など。
そういう質問には割りと皆さん、フランクに「コレかな」と答えてくださることが多いです。
取材者:デザインのことはからっきし、と言うクライアントにとっては、プロに対して「全部よしなにやってほしい」という気持ちがあるけれど、やっぱりそれだけじゃダメだと。
内海:実際、当然ロジックは重要ですが、それでも人の決めることです。
単純に「好き」「嫌い」の感情があってもいいと思っています。
エンドユーザーだって、そうやって商品を選ぶことも多いと思うのです。
そこから、擦り合わせていきます。
その企業の目指すものや伝えたいことを表現できる手法と、クライアントの「好き」なものとの接点を探り、煮詰める感じです。
取り組むものに対して何となく連想したものを、アレンジしながら利用していく。
取材者:デザインのセンスを磨くために日常でやっていることがあれば教えてください。
内海:グラフィックデザインとは関係のないことをデザインに結びつけて考えています。
ファッションやインテリアやグルメなどの日々接することの中で、その色合わせや形状、模様、バランスなど、誌面デザインに活かせることが多々あります。
ウインドショッピングをして、洋服をみながら「あの色合わせ今度使おう」
「こういう柄、あの会社のパンフレットの地紋に合いそう」などと考えながら過ごします。
意識してやってはいませんが、そういうようになってしまっています。
取材者:それらのインプットたちが、アウトプットとしてデザインに生きていることって自覚できるものなんですか?たとえば「ああ、あのとき見た洋服が、この表紙のデザインに形を変えているんだ!」みたいな。
内海:デザインに生きていることを自覚するというより、何かのデザインに向かう時にパっと出てきてしまう感じです。具体的な色や形ではなくて、世界観とか雰囲気とかそういうものだったりも多いです。上手い例が思いつきませんが、例えば先のお話に出た住信さんの誌面デザインを考えようとした時、パッと思いついたのはウォン・カーウァイ監督の映画だったり。中面でグリーンの花模様の地を使っている部分があるのですが、それは『ブエノス・アイレス』の象徴的な色味ですし、表紙の花のイメージなどは『花様年華』のチャイナ・ドレスからインスピレーションされていたり。実際の形が似ているとかではなく、取り組むものに対して何となく連想したものを、アレンジしながら利用していく感じでしょうか。
取材者:ディレクターのいる意味ってなんでしょう?
内海:デザイナーとクライアント両方の良きパートナーです。
デザイナーとクライアントが直接やりとりして、うまくいかない場合も多々あると思います。
そんなとき、ディレクターはどちらにとっても「自分の理解者」ですよね。
そうあってほしいですし。
優秀なディレクターが間にいるだけで、デザイナーの作業負担は軽減されますし、クライアントのストレスも軽減されるのではないでしょうか?
取材者:内海さんが思う優秀なディレクターとは、具体的にどんなディレクターでしょうか。
内海:これは私の勝手な希望のようなものになってしまいますが、まず、シミュレーション能力がある人です。クライアントに対してもデザイナーに対しても、どのタイミングで何が必要かを考えて先回りして行動できる人。
先回りできれば先手が打てますよね。先手が打てれば無駄を省ける。
1に対して1しか返ってこない人とは、やり取りばかりが多くなり疲れます。
次に、その時の制作物に対して自分の考えをはっきりと持っている人です。
自分の中での考えがはっきりしていないと、クライアントとデザイナーの間の連絡係になってしまいます。クライアントにもデザイナーにも、それぞれの立場なりの意見があると思うので、双方を聞きながら円滑に進行させるためには、ディレクター自体の考えが定まっていることが大事だと思います。
自分から発信したいものはありません。「一流のお手伝いさん」になりたいですね。
取材者:内海さんがデザイナーとしてワクワクできる瞬間は、どういうときでしょうか。
内海:それはやっぱり、遊びやデザイン性を重視したものを求められる時は楽しいです。
残念ながらあまり機会はありませんが、特殊印刷や形状に工夫がされているようなパンフレットの作成がしてみたいなあと思います。
あとは、その人自身を表現するような仕事はワクワクします。大きく言えばCIなどですが、個人のクリエイターの名刺を作るだけでも楽しいです。
取材者:最後に、制作物とは別に、自分で自分の「作品」を手がけてみたいと思いますか?
内海:私は、自分から発信したいものはありません。
なので、自分の作品を手がけてみたいとは思いません。
伝えたいことがある人をデザインという専門的な技術で支えることが好きです。「一流のお手伝いさん」になりたいですね。